AC/DCはオーストラリアでアンガス・ヤングと
マルコム・ヤングを中心に結成したハードロックとR&Bを取り入れ、
ギターとヴォーカルでぶちかますバンド。
世界で最もロックンロールらしいロック・バンド。ビジネス、MTV、ルックス、名声など
関係なくロックを地で行く彼らをロック・ファンは”真のロック・バンド”と
呼んでいる。
AC/DCはボン・スコットのカリスマ性とマルコム・ヤングのリズム・ギター、
学生服姿で暴れまわるアンガス・ヤング、この3人の魅力とスロー・ロックを含んだパワフルなサウンド、
酒やセックスを含んだ歌詞などが光ってオーストラリアとヨーロッパで人気を獲得した。
その後、ボン・スコットが死去し、新たなボーカリスト ブライアン・ジョンソンを迎えた
アルバム"バック・イン・ブラック"はロック史上最大のセールスを記録し、
アメリカを含む世界を制した。
続く"悪魔の招待状"で全米ナンバー1も獲得。
90年代、00年代も活動を続けている。
キース・リチャーズなどさまざまなアーティストからリスペクトを受けており、 LAのハード・ロック勢と違い、グランジやインディ・ロックにも影響を与え、 カート・コバーンからも絶賛されている。
全盛期メンバー
アンガス・ヤング・・・リードギター
マルコム・ヤング・・・リズムギター
ブライアン・ジョンソン・・・ボーカル
クリフ・ウィリアムス・・・ベース
フィル・ラッド・・・ドラム
「ロックンロールは騒音公害じゃないぜ ロックンロールは死んだりしない ロックンロールは騒音公害じゃないぜ ロックンロールは不滅さ
ロックンロールは そう、ロックンロールはーーー ただのロックンロールさ!」
by"ノイズ・ポルーション"
ヤング兄弟
ヤング一家はスコット・ランドのグラスゴーからオーストラリアの
シドニーに移住してきたスコット・ランド人。兄が学生服姿が印象的な
リード・ギタリスト アンガス・ヤング。そして弟がリズム・ギタリスト
マルコム・ヤング。
1973年
11月、オーストラリアのシドニーで、
アンガス・ヤングとマルコム・ヤングは知り合いの3人とAC/DCを結成。
1974年
9月、大酒呑みで、女にだらしなく、ロックンロールに生涯を捧げることになるボン・スコットがAC/DCに加入。
1975年
1月、AC/DCはアルバム"ハイ・ヴォルテージ"をリリースする。AC/DCの
すべてはここから始まった。ライヴでもおなじみの曲が満載のデビュー・アルバム。
1976年
キッスやエアロスミスの前座としてヨーロッパをツアー。
そして、AC/DCはアルバム"悪魔と地獄"をリリース。
1977年
AC/DCはアルバム"ロック魂"をリリース。このアルバムは"ロック魂"の名のとおり、
ボン・スコットの魂の叫びとアンガスの憑依的なギターが聴けるロック
魂全快のアルバム。
ベースのマークが脱退し、クリフ・ウィリアムスが
加入。
1978年
AC/DCはアルバム"パワーエイジ"をリリース。
1979年
AC/DCはアルバム"地獄のハイウェイ"をリリース。このアルバムがボン・スコットの
遺作となってしまった。

1980年
ボン・スコットが死亡する。一晩中飲んだ挙句、意識を失い、車で眠っている間に嘔吐物で窒息し
享年33歳で死に至った。ボン・スコットはしゃがれ声で強烈な歌を歌う男だった。ロックンロール人生を満喫した。
メンバーはスコットの死にショックを受け、解散も考えるが、ブライアン・ジョンソン
を加入させ活動再開。
そして1980年7月、AC/DCはアルバム"バック・イン・ブラック(Back In Black)"をリリース。 不気味な鐘の音から始まる1曲目、強烈なリフのタイトル曲。その他にも 捨て曲のない、まさにパーフェクトなアルバム。また、ボン・スコットへのトリビュート作品でもある。 ジャケットは、死んだスコットへの気持ちを表現する意味で真っ黒なアートワークとなった。 結局"バック・イン・ブラック"は史上最大の売上をを記録したロック・アルバムとなり、 21世紀の現在もこの記録は破られていない。
「背筋を行き交う黒い戦慄 悪に興味のあるやつは、オレの仲間だ 闇夜を引き裂く、白い閃光をみろ
善が左にあるとき、オレは右にあるだろう 生かして捕らえはしない、命乞いは無駄さ あらがう者はいない
鐘を片手に、きみを地獄へとつれてゆく この手につかまえる、サタンの手が」
by"地獄の鐘の音"
1981年
AC/DCはアルバム"悪魔の招待状"をリリース。初のアメリカのビルボードチャート1位を獲得。記録的ヒット
作品。大砲ジャケットは当時のライヴでも用意され、話題になった。
1983年
フィル・ラッドを解雇し、サイモン・ライトが加入。
そして、AC/DCはアルバム"征服者"をリリース。
1985年
AC/DCはアルバム"フライ・オン・ザ・ウォール"をリリース。
1986年
AC/DCはサウンドトラック"フー・メイド・フー"をリリース。
1988年
AC/DCはアルバム"ブロウ・アップ・ユア・ヴィデオ"をリリース。
このアルバムは"バック・イン・ブラック"に次ぐヒットとなる。
サイモン・ライトが脱退し、クリス・スレイドが加入。
1990年
AC/DCはアルバム"レイザーズ・エッジ"をリリース。
1994年
フィル・ラッドが復帰。それにともなってクリス・スレイドが引退。
1995年
AC/DCはアルバム"ボールブレイカー"をリリース。
1997年
AC/DCはアルバム"ライヴ~ボン・スコットに捧ぐ"をリリース。
2000年
AC/DCはアルバム"スティッフ・アッパー・リップ"をリリース。
このアルバムは2000年代初の作品となり、シンプルな出来となった。
全米7位を記録。